まいったなぁ、と医者は言った。



「どうしたんですか、ドクター」
「あ、ラウール。実はこれから友人が来るんだが・・・・」
いつもの様に遊びに行ったら、ドクターがうろうろしていた。
なんでも、紅茶の茶葉を買い忘れてしまったらしい。
「彼は一時二十分の飛行機でロンドンに帰ってくるんだ。
彼は、『待たすのも嫌いだが、待たされるのも嫌い』と言う性格でね。
かといってお茶の時間にコーヒー出すって言うのもなんだかなあ・・・・」
彼は私のいれたお茶が大好物ときてるし、と彼は言う。
「わかりますよ。ドクターのいれたお茶、美味しいもの」
ラウールはにこりと微笑んだ。
人のよい医者はキッチンでおたおたしていたが、やがてラウールの顔を見る。
「すまないんだが、ラウール・・・・迎えにいってくれないかい?その間にお茶の用意はしておくからさ」
「わかりました、ドクター。待ち合わせ場所はどこですか?」


道が空いていたせいか、十分早めについてしまった。
さて、と空港のゲートの前で待ち人を待つ。
「どんな人なんだろう・・・・」
黒い長髪と赤いリボン、クラシックな装い。
これがラウールがドクターから聞かされた、彼の特徴の全てである。
『けど、これだけではわかりませんよ』
こうラウールが反論すると、ドクターは微笑って答えた。
『わかるさ。一瞬で分かる。だって彼は彼以外の何者でもありはしないから』
・・・・あれはどういう意味だろう。
その時。
ふっと周りの音が聞こえなく____否、遠くなって聞こえにくくなった。





カツ、カツ、カツ、という靴音だけが耳に響く。





周囲の喧噪は遥か彼方から聞こえてくる。





ラウールはゲートを、ゲートから出てくるたった1人の人物を、





まるで金縛りに遭ってしまったかの様に、見つめた。





これがー・・・・・・・『彼』。





黒い長髪をさらさらと深紅のリボンでまとめている。
真っ白____いや、まるで象牙のような色の肌。
大きな、銀色とも薄紫とも青ともつかぬ色の瞳。
身にまとった濃紺のインバネスは、彼の細身の体にぴったりと合っている。
襟元に留めた大きなブローチには、彼の家の紋章が刻み込まれている。
そして極めつけは______まるで人形の様に整った、神をも恐れぬその美しさ。





これが、アラン・クロード__________。





名家クロード家の跡継ぎでありながらも、『災の種』と呼ばれる男________。





彼が、『災の種』と言われている理由がわかった。
彼が異常な程の頭脳の持ち主だからだと言うわけでもない。
ましてや運動神経が飛び抜けていいからでも、カリスマ性があるからでもない。






ただ、美しすぎるのだ。