「あの・・・提案があるのですが・・・・・・」
十分ほど立った今でも、彼等の口論は終わらなかった。
むしろだんだんエスカレートしてくる。
「何言ってんですか、アランさん!あの時俺が殺人事件に巻き込まれたのは、
アンタのせいでしょう!」
「君が先に喉乾いた、なんて言うからじゃないか!ジャンケンで負けたのは君だぞ!」
一春の記憶では、確かその話は五年ほど前の事である。
良く覚えているもんだと、一春は妙な感心をした。
「なんだよ・・・今、大事な話してんだよ!」
「お二人の口論の理由は、『目玉焼きに何をかけるべきか』ということでしたよね?」
司会者___名は確か桑原だったか____がおずおずと話す。
いつもの名調子はどこへやら、完全にビビってしまっているようだ。
(まあ、無理も無い・・・)
「んだよ」
「それでは、今から目玉焼きを作って稲葉さんがケチャップの方を、
クロードさんがウスターソースの方を試食なさってはいかがでしょう?
ちょうど、材料もある事ですし」
名案である。
どうせ二人とも、お互いに良いと言い張っている方のは食べた事が無いのに
決まっているのだ。食べたら食べたで、美味いと思って静かになるかもしれない。
「「・・・・・わかった」」


フライパンの上で、卵がじゅうじゅうと焼ける。
焼いているのは審査員をするはずだったどっかの超高級フランス料理店のシェフで、
彼はかってないほど緊張していた。
まあ、重火器を持ったテロリスト達に囲まれ、テーブルの前では野獣のような目つきを
した美男子が二人、そしてギャラリーの期待と不安が混ぜこぜになった視線の中での
調理である。
緊張するなと言う方が無理かもしれない。
ソースをかける手は、ぶるぶると震えている。




かちゃかちゃという音が、静かなスタジオ内に響く。
やがて、ことりと音がして、テーブルの上に水の入ったグラスが置かれた。
「「ごちそうさまでした」」
二人はパンと手を合わせた。
「さて、腹ごしらえも済んだ事だし______」
アランが立ち上がる。 がたん、と椅子が倒れた。
「食後の運動でも、しますかね_____」
続いて稲葉も。
男達の顔が、すうっと青ざめた。


稲葉はまず、一番手近な所にいたのに飛び蹴りを食らわせた。
続いてそいつをつかみ上げ、アランの方に投げやる。
アランは待ってましたとばかりにいつのまにか持っていた男と鉢合わせをさせた。
(ごっちん、と音がした)
持っていたライフルを撃とうとした二メートルほど先にいた男に、まだ熱を帯びている
フライパンを投げつける。
アランはその次に、おたまを逃げようとした男の頭に当てた。
がいん、という悲惨な音が響く。
続けて、ボスの側にいた一人の男の首筋に手刀を打ち付けた。
ぐひ、とカエルのような哀れな呻き声を立て、男は崩れ落ちる。 見事な暴れっぷりである。
やがて、サブマシンガンの太田という男と、ボスの二人のみになった。
「う、うわ、うわあああああああ!!」
太田は持っているサブマシンガンの事も忘れ、めちゃくちゃに両手を振りまわす。
そこに稲葉の回し蹴りが炸裂した。
残ったのはボス一人。
彼は泣きながら、こう言った。
「たたた、助けてください、わ、私には、田舎に年老いた母が・・・」
「「だったらそんなことするんじゃねえ!」」
二人の見事なストレートが、彼の顔に炸裂した。





「疲れた・・・・」
「腹減った・・・」
「そりゃああんだけ暴れりゃあね」
テロリスト集団は全滅、全員全治一週間から二週間の負傷。
観客およびスタッフ、出演者にはケガ人、死人ゼロ。
奇跡である。
「で結局、目玉焼きはどーなったんだよ」
「ああ、あれ?」
「まあ結局は、みんなそれぞれに好きなものはあるよね、ということになった」
「ところでおなか減ったから、なんか食べに行こうか」



結論。



奴らは生半可なテロリスト集団より、強かった。