橋の上でアランは宮川レポーターに追いついた。
否、もう宮川レポーターの姿ではない。
蒼のタキシードに揃いのシルクハット、黒のステッキ。
新聞やテレビの写真で見た通りの怪盗スピカだった。
「本当に・・・・私(わたくし)を捕まえるおつもりですか?」
「of course」
「いつから・・・宮川レポーターが本物ではないとお気づきになられたのですか?」
「インタビューされたときから・・・否、テレビで顔を見たときだね。そのときから 疑ってはいたんだ。おかしいと思ったんだよ・・・。『華麗なるイリュージョン・ショー』なんて、 普通なら言わないもんだよ」
「一つ聞きたい事があります。なぜ私を捕らえたいとおっしゃったのですか?」


「お金は・・・・いくらあっても、いいものさ」
アランの口調は、ひどく静かだった。
「ま、君についている懸賞金目当てかな?」
「そうですか。では私はこれで・・・・・ッ!」
踵をかえそうとしたスピカにアランは勢いよく飛びかかった。



稲葉は暗い橋の上でもみ合う二人の影を見た。
どっちがどっちかはっきりしない。はたしてあれはアランとスピカなのだろうか・・・?
もみ合いは数分感ほど続いた。
稲葉が飛びかかろうか迷っている隙に、決着がついてしまった。
突き飛ばされた人影が、橋の欄干を乗り越えて川に落ちる。

どぼーん。

音ともに水飛沫が上がる。
稲葉が川に落ちた方に気を取られていると、もう一方は逃げてしまった。
「アランさーん!アランさーん!」
何かが土手に這い上がって来た。
「げぼっ・・・・ぐぶべっ」
頭に藻が引っかかり、服はドロドロになっているアラン・クロードだった。
「アランさん・・・!残念でしたね。逃げられちゃいましたね」
稲葉はアランの方に駆け寄った。
アランはゲンゴロウだのミズカマキリだのを吐き出しながら草むらに倒れ込んだ。
「えへへへ・・・・。ばぁーん!」
アランは握りしめていた手を開いた。蒼色の破れた布に包まれているそれは・・・・・・。 盗まれた『令嬢の涙』だった。
「さっき揉み合ったときにね・・・・タキシードのポケットを、破り取ったんだ」
パトカーのファンが聞こえて来た。稲葉が携帯で呼んだのである。
「今回は、僕の勝ちだ。けど今度はちゃんと捕まえるからな」
「はいはい」


ちなみにその後、アランは腹を壊し、食中毒で入院したと言う。



衛生には、気をつけましょう。