結局行く事になってしまった。
稲葉はわくわくしている反面、憂鬱にもなっていた。
「・・・・なんですか、その虫取りアミは」
「これで怪盗を・・・・」
アランはマンションのロビーでジーンズにTシャツという動きやすい格好で、
手には虫取りアミを持って稲葉を待っていた。
背中のリュックサックには、何が入っているかというのは考えたくもない。
「怪盗は昆虫の一種じゃないんですッ!」
「じゃあこっちのトリモチを・・・・・」
「鳥でもありませんッ!だいたいですねぇ、怪盗スピカは機動隊の
催涙弾や睡眠ガスからも逃げ切っているんですよッ!?
たかが捕虫網で捕まると思ってんですかッ!?」
「え、捕まらないの?」
「・・・・・・・」



虫取りアミはあきらめさせたが、トリモチ入りのビンはあきらめさせられなかった。
結局リュックサックの中に入っている。
アランはスクーターの後ろにまたがり、機嫌がいい。
「僕もスクーター買おうかなぁ?通勤とかに便利だよね」
「自動車には乗れるくせに自転車には乗れない人間が何言ってるんですか」


美術館は今までに無い熱狂の渦に巻き込まれていた。
スクーターは鍵をかけて近くの公園の駐車場に置いて来た。
野次馬根性のオーラが漂ってくる。熱い。
稲葉は、無理矢理父親に連れて行かれた宗教の会合を思いだした。
「怪盗信仰か・・・・・」
「なんか言った?」
前の方を歩いていたアランが振り向く。
「いえ、なんでもアリマセン」
夜店まで出ている。大判焼きに焼きそば、たこ焼きにわたあめ・・。
集団の最前列に出てみれば、そこではテレビで見た宮川レポーターが
フル回転で喋っている。アランと稲葉は、インタビューされてしまった。
「こんにちは。どこからいらっしゃったんですか?やはり怪盗スピカを見に?」
その言葉に、アランが胸を張って答える。カメラがアランの整った顔立ちを
アップにする。
「怪盗スピカを、捕まえに来ました」
嗚呼、言ってしまった・・・・・。
稲葉は頭を抱えた。宮川レポーターもびっくりしている。
「それは・・・・凄いですね。がんばってください」
「はい、がんばります」


午前二時ジャスト。奴はさっそうと現れた。
「ではこの宝石は、怪盗スピカがいただいた・・・・」
「うおおおおおおぅぉぉぉぉぉぉおおぉぉ!スピカぁぁぁぁぁぁッ!」
熱烈なる“スピカコール”。稲葉は今度は、東京ドームでのアイドルのコンサートを 思いだした。
「凄いですね、アランさん。ナントカと煙は高い所がスキって言うけど・・・・・アランさん?」
アランの様子がおかしい。リュックサックから取り出した高性能の双眼鏡で
食い入る様に、美術館の尖塔のてっぺんにいる怪盗スピカを見つめている。
その顔に浮かぶのは、興奮ではない。困惑だ。
唐突に聞かれた。
「宮川レポーター、どこ?」
「そういえば・・・いませんね」
弾かれる様にしてアランは双眼鏡をリュックに突っ込み、駆け出した。
稲葉も急いで追いかける。


テレビ局の車の近くで一緒にいたカメラマンを見つけ、聞いたけれども答えは無かった。
いつのまにかいなくなってしまったと言う。
アランはM川の方に向かって駆け出した。