この街に怪盗とやらがやってくるらしい。
稲葉硝は、植え替えをしたばかりのクレチマスにしゃらしゃらと
じょうろで水をやりながら、つらつらとそんなことを考えた。
そう、怪盗。
ずいぶん昔に図書館で読んだ、怪盗ルパンの話が脳内に蘇る。
華麗に空を駆け、本当の『悪人』をこてんぱんに叩きのめす。
助けた美女とのラブラブロマンスはお約束。
いいなあ、怪盗。見に行こうかなあ。
なんでも、怪盗が出るのはこのマンションを出て、スクーターで十分ほど
行った所にある近代美術館らしい。
そこに飾ってある宝石を奪いにくると言う。


リビングのテレビを付けた。とたんにリポーターの興奮した声が襲いかかってくる。
『現場の宮川です。ご覧くださいこの興奮を!皆さん、怪盗スピカ
の華麗なるイリュージョン・ショーを目当てに集まってこられた方ばかりです。
怪盗スピカは明日の午前二時、ここのM市立近代美術館で開催中の
宝石展の目玉である時価三億円と言われているサファイア『令嬢の涙』
をいただきに参ると言う予告状を出しました。これから現場の指揮をとっている
関口警部にお話を伺いに行きたいと思い』
ぷちん。
新聞に書かれている事と大差ない情報しか得られなかったので、稲葉 はテレビを消した。
「でも見に行くのもめんどくさいしなぁ・・・・・・」
そう言って稲葉はソファの上にごろりと寝っ転がった。
「アランさんなら張り切るんだろうけどな・・・」
ちょうどその時。

どどどどどどどどどどどどどどどどん!

稲葉はソファから転げ落ちた。
スチール製のドアが16ビートで叩かれている。
開けてみると誰あろう、お隣のイギリス人、アラン・クロードだった。
なんだかやけに興奮している。まるでスペインの闘牛のようだ。
「ショウ!テレビを見たかい!?」
「あー、見ましたよ」
そうなると自分は闘牛士の立場にあるんだろうかと考えながら、稲葉はぼんやりと答えた。
「怪盗だって、怪盗!本物の怪盗スピカなんだよ!」
「それがどうしたんですか・・・・。ひょっとして、見に行こうとか考えてませんか?」
「ふっふっふっふ。甘いね。見るだけじゃつまらないじゃないか!」
彼はちっちっちっと指を振った。
「そんなもの、見るだけで十分でしょう!」
「考えてみろ!捕まえたら金になるんだぞ!素晴らしいじゃないか!」
「コノ守銭奴!」
「なんとでも言いたまえ!僕は本気だ!そして協力したまえ!懸賞金は山分けだ!」
「お金ならオレもあなたも、余るくらい持ってるじゃないですか!」
「捕まえたらテレビに出られるぞ!ショウ!君も彼女の一山や二山はできるぞ!」
「余計なお世話です!」
あまりの騒音に、下の階に住んでいる赤ん坊が泣き出した。




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