とある薄汚れた、いや、汚らしいアパートの中で男が二人、
ひそひそと何やら不穏な事を話し合っている。
「とにかくよ兄貴、おれはあのアマに仕返ししねぇと気がすまねぇんだよ」
「おれだっておんなじだ。チクショウ、あの女めぇ・・・・・!」
実はこの二人、刑務所から出て来たばっかりなのである。 20年前は連続銀行強盗犯として名を馳せていた。
神出鬼没でとらえどころの無い二人に警察は手を焼いていたのである。
しかしまあ、神もついに彼らの罪を裁きたもうたのだ。
彼らが最後に手をつけた銀行には、預金引き出しの為に 二歳の稲葉硝を連れた母親の亜希子が訪れていたのだ。
弟分が幼子を連れた若い母親を人質に取ろうとした瞬間、彼は高々と宙を舞った。
そのまま彼は勢いよくガラス窓に叩き付けられ、あばら骨がぼっきり逝って全治三か月。
彼女を押さえつけようとした兄貴分の顎に踵がクリーンヒット。
顎の骨は粉々になりかけた。
彼らは目出たくお縄となり、銀行の重役達は枕を高くして眠れる様になった。
さて、20年後。彼らはやっと釈放され、復讐を始めたのである。
まず、現在あの若い母親がどうしているのかを調べた。
彼女の息子は現在、大学の近くにマンションを借りて暮らしていると言う。
母親にはどう考えたって歯が立ちっこないので、息子の方を狙う事にした。
拳銃は用意した。あとはマンションの部屋に襲撃するだけだ。




ギャアアアアアアアアア。



断末魔のような悲鳴が、洗濯機の中から聞こえてくる。
稲葉硝は眉をひそめた。
「おいお前、もうちょっと静かに出来ないのか?」
「ブクブクブク・・・・・」
稲葉の家には一週間程前から、喋る襤褸雑巾ならぬ喋る兎の縫いぐるみが
同居している。アランが送りつけたものだが、肝心の彼はイギリスにいる。
「なんだよー、あんまり汚いから洗ってやろうと言うヒトの好意を無にしやがって」
たっぷり一時間、洗濯から乾燥までコースを体験したうさぎ(名はキティ)は、
いままで以上にくたくたになっている。
ちなみに汚くなったのは稲葉がうさぎを雑巾代わりに使用したからである。
「・・・・・ツカレマシタ。人生ニ」
「おー、ふわふわになったじゃん。やっぱり、ソフナー使用してよかったな」
新聞のセールスマンが持って来たショッキングピンクのボトルを横目で睨み、うさぎはふらふらと立ち上がった。
「・・・漂白剤も使用した方がよかったか?」
ふわふわになったうさぎをじっくりと見て、稲葉はおそるおそる問いかける。
「ソウイウ問題デハアリマセン」
「さー、飯でもつくろっかな、うさぎのパイにしようかな」
「ヒィィィィィィィィィ!」
このうさぎは、パイにトラウマでもあるらしい。
一週間も暮らしていると、黙らせる方法はわかってくる。
寂しいクリスマスになるかと覚悟していたが、意外とおもしろくなりそうだ。
稲葉は今、上機嫌だった。


その頃、古神一春は京都のどでかいパーティホールで飲み食いに勤しんでいた。
「もぐもぐ、兄貴もつれてくりゃーよかったなぁ。今頃なにやってんだろ」
「それでですね、古神さん。あなたに是非協力してもらいたいプロジェクト の話なんですが・・・・・・」
「もしゃもしゃ、美味しいですよこのチキン。食べました?」
「えっ、いや、まだです・・・。・・・・・いただきます」
「あー、はい、どうぞ。ところでそのプロジェクトのことなんですけどねぇ、やっぱりウチでは・・・」
「あー、そうですか。(がっくり)」
「ほらほら、どんどん食べて食べて」
「あー・・・・・はい」
「もう、いいかげんかえりたいんですけどね」
(兄貴をクリスマスに一人きりにしておくと大抵ロクでもねぇ事になるかんな・・・)
前科ありだったのか。