もうすぐクリスマスだというのに稲葉硝はしけた面をして、
もしゃもしゃとカップヌードルを口に運んでいた。
クリスマスは幼なじみは母親とヨーロッパに行ってしまったし、
両親は仕事が忙しいらしく電話すらかかって来ない。
友人共はやれ、デートだのスキーだの旅行だのとわめいている。
アランまでイギリスに帰国してしまった。
一春はクリスマスパーティーに義理で出席するため京都に行ってしまった。



ぴんぽーん。
チャイムが鳴り、彼はもの憂げにたちあがり、応答する。
届いたのは小包。アラン宛にイギリスからだった。
送り主の名は無し。
「アランさんが何か送ったんだろうか・・・・」
しかし、注意しなくては。
この前届いたのは(届いたら開封せよと書いてあったので)開けたとたんに目にマスタードが直撃し、その前は閃光弾が入っていた。
「とりあえず、テーブルの上に置いとくか・・」



1時間後。
こーん・・・と音がしてテーブルから小包が落ちた。
「あれ?ちゃんと置いといたよな・・・」
稲葉が首を傾げながらそれを元通り置いておこうとした時。
“それ”は動いた。
「え・・・?なに、俺ってエスパー?」
それはぴょこんと起き上がり、愉快にもタップダンスを始めた。
「うわああああああああ!?」


彼は常識的な人間である。
その彼の常識的な理性が、段ボール箱がタップダンスを踊ることができるはずは無いと
サイレン付きで告げていた。
しかし感情は、じゃあてめえの目の前で起きているのはなんなんだよと叫ぶ。
感情の言う通りである。
段ボール箱はぴょこぴょこと飛び跳ねている。
「でっでも、中に振動する機械とか入っているかもしれないし・・・ !」
左手に六法全書を掴み、右手をそっと延ばす。
めり。めりめりめり。
箱を突き破り、白い、細長いものが飛び出した。
それと同時に箱の土手っ腹から短めの布切れが飛び出す。
ばりばりという音がして、箱がまっぷたつに裂けた。
「ハロウ!」
細長い耳は、針金入りなのかぴぃんと立っている。
口はばってん、目はぐるぐるに刺繍されている。
体は寸胴で、申し訳程度についている手足。
全体的に薄汚く、兎よりは雑巾に見える。
「・・・・可愛く無い」
思わず口から本音が漏れた。
彼の友人はファンシーなものが好きだが、その友人だっていらないだろう。
「イキナリ会ッテノ第一声ガソレデスカ。ヒドイヒトデスネ」
「だって事実だもん。母さんに、嘘ついちゃダメよって言われてんだもん」
「事実ハ小説ヨリ奇ナリッテ、イウジャナイデスカ」
「それを言うなら事実を言っても幸せにはなれない、じゃないの?」
「ハワ!マチガエマシタ、ソーデシター。トコロデココハドコデスカ」
返事が無かった代わりに、彼はぎゅっと掴まれ、スチール製のゴミ箱に叩き込まれていた。
ゴミ箱はベランダから雪の積もるマンションの前庭に放り投げられ、
投げた本人はぴしゃりと窓を閉める。
「さて、夕飯の支度でもするか・・・」
台所に立ち、ぱかっと鍋を開ける。
カチャッ。
コンマ0.1秒の早業でフタを閉めた。
「イキナリナニスルンデスカ、コゴエジンダラドウシテクレル・・・・」
「うるせぇ!なんだっててめえはゴミ箱から鍋に瞬間移動してやがんだ!」
そこにいたのは、さきほどの襤褸雑巾。
「イッツアミラクル。ワタシハ不死身ナノデース!」
「黙れ襤褸雑巾が!」
「ワタシハゾウキンジャアリマセーン。兎デース」
「エセうさぎがーッ!待ってろ、いますぐその体をちぎって煮込んでやる!
えーっと、ナイフナイフ・・・」
「ワーッ、タスケテクダサーイ!」




そのころ、アラン・クロードは友人のヴァンレイスの屋敷で、紅茶をご馳走になっていた。
「ちかごろ、変わった事はあったかい?ヴァンレイス」
彼の代わりに執事が答えた。
「ありましたよ。喋る襤褸雑巾が、屋敷の中を徘徊しまして・・・・」
「何!そいつは見たかったなぁ。どこにいるんだい?ハーネスト」
「あなたがそういうと思って、小包にしてあなたの日本の家へ送りました」
「そうか。ところでどこに?」
「204号室ですよ。確かそこでしたよね」
「何ッ?そこは、ショウの家だぞ。僕の部屋は205号室だ」
「・・・・・彼は、トラブルには強い方ですか?」
常識人だ
「精神がメタメタにならないといいな」
主人はそう言って、友人にお代わりを勧めた。